検見崎城跡

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検見崎城跡
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検見崎城跡
検見崎城跡
 検見崎城跡は後田地区の論地集落にあります。城内には阿弥陀堂跡があり、鎌倉時代の五輪塔や戦国時代の宝塔、無縫塔、六地蔵などが残されています。

 肝付氏初代兼俊の四男である兼友が検見崎の初代となり、高山城の支城として本家の肝付氏と共に活躍しています。

 江戸時代になると、検見崎一族の中で鹿児島にいた20代兼明は、1813年(文化10年)に高山に来て阿弥陀堂の墓地に検見崎初代兼友の招魂墓、灯籠、由来碑を建立しています。
 文政年間、肝付氏とは一時断絶同様となっていましたが、肝付氏の内情を知った検見崎兼明は、1830年(文政13年)に検見崎氏の資産と家族を以って肝付本家を相続し、27代となったと伝えられています。

 参考リンク:高山城跡(昭和20年2月22日国指定)


見学等について
・基本的にいつでも見学できます。

アクセス
 検見崎城跡へのアクセスはこちらをクリックしてご覧ください。