広報きもつき 2017年8月号
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82017.08特集隆盛を極めた高山駅 大隅半島の主要交通機関として活躍した国鉄大隅線。昭和62年の廃線から今年で30年になります。 志布志〜国分間を結び、総延長は、98・3キロメートル。駅の数は33ありました。 そんな国鉄大隅線の始まりは大正4年。鹿屋〜高須間を結ぶ軌間762ミリの軽便鉄道(小規模鉄道)として、南隅軽便鉄道株式会社(のちの大隅鉄道株式会社)という私鉄によって敷設されました。 大正5年には南隅軽便鉄道株式会社が大隅鉄道株式会社に改称し、大正9年に高山〜鹿屋間、大正10年には、高山〜串良間が開通。 昭和10年に国有鉄道に買収され、国鉄古江線になりました。 高山駅の開業は大正9年12月23日で、昭和10年6月1日からは大隅高山駅と改称。その日から一般運輸営業を開始、翌年には駅舎の改築等が行われ、高山の玄関口として賑わいました。 昭和13年10月の大水害時に全線不通になるほどの被害を受け、再開するまでに74日かかりました。 昭和16年、太平洋戦争が勃発。高山駅からも数多の人が出征しました。 昭和20年に終戦し、翌年には石炭節約良好駅として局長表彰を受賞。同年10月には、熊本営林局の専用線が設置され、良質の木材が各地へ送り出されました。 その後、貨物用倉庫の裏口通路や駅構内の荷役起重機の電動化工事が行われ駅の機能を拡充しました。

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